平成28年(2016年)長崎くんち
10月7日(金)・10月8日(土)・10月9日(日)
おくんちの練習の様子や当日本番の様子など、この鍛冶屋町ブログにアップしていく予定ですのでお楽しみに!
鍛冶屋町(宝船・七福神・傘鉾)とブログの応援をよろしくお願いします!
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投稿者:スポンサードリンク | 2016.07.21(木) | -

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傘鉾の由来
投稿者:ヤス | 2009.05.26(火) | 古写真・鍛冶屋町昔話
 コメントではなく記事としてUPするように要望がありましたので再度w
明太子君写真借りるよ^^;




鍛冶屋町=旧・出来鍛冶屋町の傘鉾使用。ダシのからくりは“白狐と三条小鍛冶”。輪は〆縄飾り。幕は綴れ錦織七福神。後日は金地唐織三社紋。


※三条小鍛冶について

 ある夜、一条天皇(980〜1011年)が不思議な夢を見て、当時名工として知られた三条の小鍛冶宗近に御剣を打つことを命ずる為に、橘道成を勅使として遣わされました。宗近は宣旨を承りはしたものの、一人では御剣を打つことが出来ません。相槌に優れた者が居なくて困った宗近は、神にすがるより仕方ないと思い、氏神である稲荷明神に祈願のために出かけます。すると一人の童子が現れて、不思議にもその童子は既に勅命を知っており、「君の恵みによって御剣は、必ず成就するであろう」と安心させます。そして、和漢の銘剣の威徳や故事を述べ、特に日本武尊の草薙剣の物語を詳しく語って聞かせ、「通力の身を変じて力を添えよう」と言って、稲荷山に消えていきます。
宗近は屋敷に戻って、しめ縄を張った壇をしつらえ、童子の教えのままに剣を打つ支度を調えて、祝詞を唱えて待ち構えていると、稲荷明神からの使いの狐が現れて、相槌となって御剣を打つのを手伝ってくれたのでした。やがて御剣は完成し、表に小鍛冶宗近、裏には小狐と銘を入れ、勅使に捧げると、狐は再び稲荷山に帰っていきます。


鍛冶屋町の傘鉾の演技はこの様子を表現してます。
ちなみに狐の力を得た三条小鍛冶が鍛え上げた刀は無病息災の御利益があり
かなりに縁起がいいものなんですよ!
七福神や宝船だけではなく傘鉾にも魅力たっぷりですね!
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